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古墳時代と縄文時代及びそれ以前の時代は文字が無くロマン、意思伝達の文字やテレパシー的な伝達方法は?

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久し振りのバイクツーリングで、道作古墳(6世紀後半)などに行ってきました。当日は快晴☀️、風は弱く日射しがとても強く、周囲は高台(標高30メートル程)なので、とても気持ちが良い。

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この古墳群は、古墳時代後期の有力者のお墓としてつくられ、前方後円墳7基、ほか15基の現存する古墳から構成されていると案内板に書いてありましたが、北側に利根川を望む北東に延びる狭い台地上に位置している広いエリアなので、全貌は把握出来ませんでした。

当時の支配者の墓で、この周辺(小林地区)では、古墳時代中期頃に作られた他の古墳群も確認されていますが、消滅しているようです。

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また、古墳群の東側では、その時代の集落跡が発掘調査され、古墳群との関連性が注目されています。(その集落の有力者も埋葬されていると思われますね。集落から、後継有力者の指示のもと日々大勢の集落民が集合して測量し、その設計に従って古墳形の土盛りして完成まで続けて、祭事師に従って埋葬したかもしれません)、ロマンですね。

文字の発生は中国で紀元前7世紀前後の様ですが、古墳時代後期には、有力者の系譜や功績を記録する目的で漢字つまり「神代文字」または「ヲシテ文字」の様な文字文化が既に伝来していて、【刀などの遺物に刻まれていた事】から有力者や祭事師など一部では使われ始めていた様です。

(しかし、一般の人達はそこで日々の生活を営んでいて、赤ちゃんが誕生したり、子供達が遊んだり、大人は古墳造営工事に駆り出されたり、時に狩猟や漁をしたり、熊や獣に襲われたりしたり、カップルが出来たり、祭事的な事が行われたり、他地域との争い事が有ったり、遠方に狩猟に出掛けて帰路が分からなくなり行方不明になったり、それぞれの出来事に伴って亡くなった人がでたりして、弔い事も有ったんでしょう。)ロマンですね。

今の時代には、縄文時代には「一子相伝」的に絵と身振り等で知識を伝えたのか、親子・親類等と行動を共にする事で狩猟などの体験をさせて知識を伝えたのか等を想像します。

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産業革命以降のエネルギー革命と文字文化とそれから派生したICT デジタル文化などの時代に生きる我々にとって、それらを一切無くした「縄文時代とそれ以前の時代」を想像する事は出来ませんが、(もしかしたら、テレパシーとか第六感とかが使えてたのか知れないとか、祭事師が営々とその知識・文化を伝えてきたのか想像するします)、何だかワクワクしてきてロマンを感じました。